【想いの先に見るものは】 




 軌道エレベーターの崩壊を、僕は安全な場所でただ見ていることしかできなかった。


 地球連邦軍の治安維持部隊アロウズ。世の人々は知らない、けれど知る人からすれば黒い噂しか聞くことのない連邦軍の暗部。その頂点に立つのはかつてユニオン軍の司令でもあった僕の叔父ホーマーだったが、僕は叔父さんがどうしてその地位に甘んじているのか――いや、その地位を選んだのか少しだけわかるような気がしていた。
 あの人は本当に有能な司令官だったから。とても有能で、確かにユニオンを愛していた人。だからこそ、アロウズ司令という任を引き受けたのだろうことは僕からすれば想像に難くない。
 それはどれほどの痛みだったろう。守りたかった全てを失い、けれど残された多くの人々を守るために今度は一部の反発者を排除していく。本来守るべき民衆を、ただ連邦に歯向かうからと交渉の余地もなく殺す。その役目を受けるだけの覚悟を、叔父さんは持っていたんだ。
 それだけのものは、僕にはなかった。僕はただユニオンをMSWADを教授をグラハムを失ったことだけが悲しくて、その悲しさと苦しさと、なにもできない無力さが嫌になって軍を離れただけなのだから。
 かつて、わかたれていた人類はソレスタルビーイングという絶対の悪を倒すために手を取り合い、世界を統一させることを決めた。けれどそれでも世界はバラバラで、ひとつになろうとする世界に対して反発する人々がいて。それは仕方のないことだろう。世界は個人の集合体で成り立っていて、全ての人が等しく平和になれる世界なんてありはしないのだから。
 だから叔父さんは、自分たちが悪を造り上げ悪そのものになることで、人々の心にわずかな変革を促して再び世界をひとつにしようしている。
 それはなんと悲しくて愚かなことだろう。
 クーデターを起こした反逆者とは無関係の、巻き込まれただけの多くの市民を犠牲にするということ、それは許し難い悪行だ。決して行ってはならない最悪のことだ。
 けれど僕は、それが許されないことと知りながら叔父さんの心を思う。

 叔父さん。あなたは今、泣いていませんか。
 顔色一つ変えず涙さえ流せずに、泣いているのではありませんか。






 崩壊していく軌道エレベーターの下で力を合わせる人々の姿は、滑稽なほどに美しく見えた。