【もしも彼らが出逢ったなら】 




 美しい瞳をしていた。

 感情の見えない黒曜石のような色の瞳は、けれど純粋なまでに真正面から物事を見据える彼の在り方そのものを示しているようだった。
 軍司令の甥であるという立場、そして高名な研究者の弟子だという立場。泥にまみれるような決定的なまでの挫折を味わったことのないがゆえの純真さと、優秀であるがゆえのやわな傲慢さを持つ男だと思っていた。
 苦しいほどの痛みを知らない男。いつだって望めば大抵のものが手に入り、その手からすり抜けるものがあったとしても笑って許しすぐに興味を失わせる、自身がこうと決めた以上のものでなければ大した執着を見せないようなそんな男であると思っていた。
 だからこそ疎ましいと感じることも昔にはあったが、そんなところも彼を構成する一部として受け入れることができた。
 それだけの時間が、付き合いがあった。
 ゆえに理解していた。
 彼は決して、自分と同じ舞台に立つことはないだろうと。
 世界を歪める者たちにどれほど憤ろうとも、痛ましい出来事にどれほど悲しもうとも、自身の身にどれほどの傷を負おうとも、彼は決して憎しみに身を任せ自身を堕とすことがないだろうと、そう確信していた。
 ――なのに、なんだ。これは。
 自分の前にいるこの男は何者だ。なぜ彼がここにいる。どうして、彼がこんなところにいるというのだ。
 どんな色にも交わらないはずの黒が、どこか凝って濁っていた。
 今の彼の瞳は、自分と同じ色を持っていると感じた。
 ――なんという、ことだろう。
 驚愕し、絶望を感じ、けれど自分を取り巻いたのは恐るべきことに暗い歓喜であった。

「ひどい顔だな、カタギリ」
「君ほどじゃないよ、グラハム」


 歪まされた世界の中で、もう一度君と並び立つことのできた今日という日に感謝しよう。
 彼とならばきっと、遥かなる高みへもどこまでも深い地の底へも共に行けると信じられるから。

 さあ、共に地獄へ堕ちようではないか。