【1話冒頭の前とか後とか】 




「AEUの軍事演習場へ行ってくるよ」
「演習場……例の、か?」
 数日後の予定をふと思い出して何気なく口にしたビリーに、グラハムは一瞬怪訝な顔をするもすぐに意味を把握したようで、一見すると深刻そうな表情を浮かべてみせた。
「そう、新型のお披露目会さ。軌道エレベーター前にあるあそこで行われる、ね。ご招待にあずかった者としては、存分に拝見してさしあげなくてはならないだろう?」
「……ずるいな」
 表情のわりに、彼の言動はあくまで欲求に正直だ。敵ともライバルとも云える相手の新型を、戦場より先に肉眼で拝める機会などそうそうありはしない。
 グラハムの場合は、単純に新しいものを見てみたいという意味もありそうだったけれど。
「仕方がないだろう。君はパイロット、僕は技術者だ」
「承知の上だ」
 そう口にしつつ、それでもなにか云いたげな顔をする彼は、その言動だけをとってみれば三十前の男とは思えない。
 整った顔立ちをわざとらしく歪ませて見せる顔が、まるで駄々をこねる寸前の子どものようだった。
「ならワガママはそこまでにして貰えるかな。僕が誰のためにわざわざアフリカくんだりまで足を運ぶと思っているんだい?」
 遊びで行く分にはまあ良いだろうが、しかし遠い敵国に自ら赴き、自慢だらけのデモンストレーションをただ見せつけられるだけなのだから単純に喜べる話ではなかった。
 確かに新型に興味はあるが、しかし今のAEUには我らがMSWAD以上の技術があるとは思えない。自らの仕事を離れてまでその招待を受けるのは、ひとえに相手が我が軍の敵でもあるからだ。
 エースパイロットのグラハムであればなおさら、AEUの新型と当たる確率は高い。
 今日見かけた敵が、明日こちらの仲間を殺すかもしれない――そんな場所に、グラハムやビリーは生きているのだ。だからこそ彼が新型をその目で見たいという気持ちも、わからないわけではないけれど。
「……わかっているさ、カタギリ」
 当然納得はしているのだというポーズのグラハムになだめるようにキスをすると、それで終わりかと笑い返されて主導権を奪い取られる。グラハムの考えがビリーにわかるように、ビリーの考えもグラハムはよくわかっているはずなのだ。
 これで誤魔化されてくれ、誤魔化されてやろう――口には出さないそんな駆け引きの末、ようやくグラハムの機嫌が浮上したと思ったのだけど。




「おや、いいのかい? MSWADのエースがこんな場所にいて」
「もちろん、良くはない」
 自信たっぷりにそう云う姿に、先日のやりとりを思い返してビリーは内心肩を竦める。まったくこの男は。
 口が上手く頭の回転の速いこの男のこと、口ではなんとでも云えるとわかっていたけれど、まさかここまで直球な勝負に出てくるとは、……実際のところ考えてはいたが、それでも現状として目の前にあると驚きと苦笑と呆れとがないまぜになったような感情を覚えるのも仕方のないことではないだろうか。
 結果的に彼の行動は、彼自身に大きな転機をもたらすことになるのだが、それにビリーが気づくのはもっと先、彼らが運命と海上での再会を果たしたのちのことだった。




「……さて、こんなことになってしまって、上にはどう説明をつけたものかな」
「今ごろ各部で召集をかけているだろうしね。いないはずの君があれを見たこと、向こうは寝耳に水だろう?」
 ある意味仕事できたビリーとは反対に、グラハムの場合は完全にお忍びだ。どのような手段を使ったのかは定かではないが、おそらくは仲間の誰かの手を借りてきたのだろう。そうしてきっと、真っ先に報告すべき上官には黙って来たに違いないのだ。
「正直に話すさ。グラハム・エーカーは、ビリー・カタギリ技術顧問の護衛を兼ねてAEUの新型発表会に参列していたら偶然にもガンダムに遭遇しました、とね」
「……君のはただのお忍びだろう。僕を巻き込まないでくれるかな」
「なにを今更」
 確かに、グラハムが自ら呼び込んだ騒動にビリーを巻き込むのはいつものことだ。しかし素直に頷くには癪で、グラハムはそれを見透かしたようにからかい混じりの笑みでビリー様子を伺っているようだった。
「死なばもろとも、だろう?」
「君と一緒に心中させる気かい?」
 やめてくれよ、とビリーは笑って一蹴した。この破天荒な男が死ぬときは自分も死ぬときだろうとは思うが、それは結果であって本来望むべくものではない。
「ならば運命共同体だ」
 云い直して、にやりと浮かべるのは確信犯の笑みだ。
 磨き上げた自らの実力に基づいた自信家であるグラハム・エーカーの、その本性が垣間見える瞬間。ビリーが知る中で、彼が最も美しいと感じる表情のひとつ。
 これだからいけない。流されては、甘やかしてはいけないのだとビリーもよくわかってはいるのだけれど。
 彼の零す言葉はどこか甘やかで、どうしてか心惹かれるものにしかならなくて。
「――そうだね、悪くない」
 仕方なしに肩を上げるビリーのその返答に、グラハムは満足げに笑みを深めてみせた。
 ああだから、この男には敵わないというのだ。