フレンズ




「君などいっそアラスカにでも飛ばされてしまえ!」
 そう云ってのけた彼は、もしかしたら予知能力者だったのかもしれない。
 そんな風に考えてしまうほどに、このタイミングは絶妙であり予想外すぎた。――そう、まさに1週間前、ジョシュアにMSWADアラスカ支部への転属命令が下されたのだ。
 彼の、グラハムのあの言葉は、本当に他愛もない言葉の応酬の中で零れたものだった。
 今となっては詳細など覚えてはいない。けれど、なんだかんだと話をしている中で、彼は鼻で笑ってそんなことを云ったのだ。
 アラスカ支部への転属。辞令を見るに栄転といえるだろうそれは、考えようによっては左遷ともとらえられた。
 ユニオンの新型MSフラッグのテストパイロット候補のひとりであったジョシュアは、しかし最終的にテストパイロットには選ばれなかった。選ばれたのは同じく候補であったグラハム・エーカーだ。
 グラハムとジョシュアの実力は拮抗していた。けれど口惜しいことに、グラハムとジョシュアではなにをするにもグラハムが一歩上にいた。
 だからこそジョシュアはグラハムを越えることに、グラハム以上の能力を身につけることに熱意を燃やしていたのだが、上層部はそれを火種のひとつとみなしたらしい。
 その結果が、この転属だ。
 口惜しいけれど命令ならば従うまでだ。向こうの支部でもそれなりの任務が用意されているとのことだし、新天地でこれまでにない力を手に入れることもできるだろう。
 ユニオンの新たなMSであるフラッグの開発や発展を間近で見られないことは心底残念ではあるが、これもまたひとつのチャンスだと思えばいい。
 そんなことを考えながら、ジョシュアはアラスカに向かうべく乗り込んだ飛行機の窓際の席で、外界を見下ろしていた。
 本日は晴天なり。多少の雲はあれど空は晴れ渡り、こんな日に空を飛んだら大層気持ちがよいだろうと思えた。
 ――今ごろ、グラハムはフラッグのテスト飛行中だろうか。
 考えても仕方のないこと、けれど考えずにはいられないことが頭をめぐる。
「おとうさん、鳥がいるよ」
 ふいに後ろの座席から響いた子どもの声に、ジョシュアは内心で首を傾げた。
 この高度で、鳥が見えるだろうか。
 そう思いながら、再び窓の外に目を向けて、ジョシュアは目を瞠った。
 それは確かに、鳥だったかもしれない。鳥のように、見えたかもしれない。
 ジョシュアたちの乗る飛行機とほぼ同じ程度の高度を飛ぶそれは、かなりの距離を取っていることもあり一般人には鳥のようなものとしか認識できなかっただろう。
 けれどジョシュアにはわかった。
 決して羽ばたくことのない翼を持ち、前へ前へと進む、それは確かにMSであった。しかもただのMSではない。ユニオンがMSWADが未来を託すべく開発した、新たな世代を担う機体――ユニオンフラッグ。
 あれを操る者が誰であるのか、そんなことは考えるまでもない。
 その意図はわからないこともないが、けれど言動が逐一予想しがたい彼のこと、一概にそうとも思いきれずにジョシュアは頭を抱えてうなだれた。
 なにをやっているのだ、あの男は。
 頭は悪くないくせに馬鹿だとは常々思っていたが、本当に馬鹿だ。
 テスト飛行の航路を変えさせたのか、それとも勝手に変えたのかはわからないが、彼のことだからおそらくは後者だろう。そうとしか考えられない。間違いなく、始末書ものだ。
 馬鹿じゃないのか――と、そう毒づくジョシュアは、けれどその表情が不思議と穏やかに緩んでいることに気付いてはいなかった。