I am a cat. 

注) グラハムが仔猫です




 私は猫である。
 名を知りたいか?
 ならばあえて云わせてもらおう、グラハム・エーカーであると!!

 ……とまあ、名乗ったところでどうなるものでもない。私はあくまで猫であり、立派な名を頂いたとて呼ばれるのはほぼグラハムという名のみであるのだから。
 私はプロフェッサー・エイフマンの屋敷で産まれた。父と母、そして同じく産まれたばかりの5匹の兄弟と共に暮らすかと思われていたのだが、それは叶わなかった。
 プロフェッサーご夫婦の子どもたちは独立し、各々離れた地で暮らしているのだという。二人きりのご夫婦はご高齢であり、私たちの両親に加え、産まれたばかりの6匹もの仔猫を育てるのは流石に無理があった。
 現役では最高齢の天才技術者でありながら、未だ自ら教鞭をとるプロフェッサーは、ゆえに彼の教え子たちに白羽の矢を立てたのだ。
 結果、兄弟の中で最も病弱であった1匹を除いて、我々はプロフェッサーの教え子たちに引き取られることとなった。


 私の引き取り手は長身の男だった。
 猫から見上れば人間など大人と子どもが並ぶようなことがない限り身長差など大して変わらないと思っていたが、そんな私から見ても彼は背が高かった。
 ただ、長身の人間によくある威圧感はないように思えた。他と比べ身体が薄いのだろうか。
 それとも、単に彼の人となりがそう思わせるのだろうか。
 男は、にこやかに私を見つめ、微笑んで、手を差し伸ばしてきた。最初は困ったような顔をしていたはずだった。猫なんて初めて飼うよ、彼は私を腕に抱き、自宅に帰る道すがらそう呟いていた。

 男の部屋には、なにもなかった。家具の少ない、がらんとした部屋だった。
 けれど壁一面に備え付けられた本棚には大小様々な本が詰め込まれていた。その一角だけは妙に雑然としており、床に直に本が積まれてさえいた。
 プロフェッサーと彼はとても親しく仲が良いように見えたが、プロフェッサーご夫婦の屋敷のようなあたたかさはここにはない。
 この男は、ここで寝て、起きて、なにかを食べる、それくらいのことしかしていないのだろう。私は生まれてからプロフェッサーご夫婦と、新たな飼い主候補であったプロフェッサーの教え子たちや他に数人の人間しか見たことはなく、人間の生活の様などプロフェッサーご夫婦のあり方以外にわかろうはずもないが、どうしてか彼のその姿は容易に想像できた。

「今日からここが、君の家だよ。……なにもなくてごめん」

 ――もう少し僕も頑張るから、君も頑張って。
 彼はそう云って私の頭を撫でて、微笑んだ。こんな小さな、仔猫の私になにを頑張れと云うのだろう。
 私はただ、ここで生きるのみだ。
 今日からここが私の家。私はここで、生きていくのだから。