仔犬のワルツ 

<グラビリ4歳差/過去捏造>




 4歳下の幼馴染であるグラハム・エーカーとの思いがけぬ軍本部での再会は、技術部門のビリー・カタギリの日常に予想外の変化をもたらしてくれた。
「カタギリ博士!」
 ほら今日も、廊下の向こうから声がする。
 ビリーを見つけたというそれだけで嬉しくてたまらない、そんな色を隠そうともしないビリーだけを呼ぶグラハムの声は、ある種日常茶飯事なものとなっていた。
「やあエーカー少尉。これから休憩かい?」
「はい。……カタギリ博士は?」
 不安と期待がない交ぜとなった瞳で見上げてくる。そのくせ、ビリーが特別な理由もなく断ることはないと信じて疑わないのだ。
 ハタチも軽く過ぎているというのに、そんなところは幼いころとまったく変わっていない。否、しおらしく見せるという技を得ただけ成長したともいうのだろうか。
 それでも彼の望みはひどく純粋で、微笑ましいほどに他愛ない。
「僕もこれからだよ。よかったらカフェテラスで一緒にランチでもどうかな?」
「ええ、ぜひ」
 彼の望みなら、どんなことでも叶えてやりたいと思う自分はやはり甘いのだろうか。
 しかし、ようやく身につけたらしい精悍さの中に、かつての可愛らしさを垣間見てしまえば、そう思ってしまうのも仕方のないことではないだろうか。
 くるりとやわらかな金の髪に、強い光を持つ碧の瞳。好奇心旺盛で勝ち気な少年は、その特長を残しつつもいつの間にか立派な青年になっていた。
 それでもビリーからしてみれば、頭ひとつ小さいグラハムは大切な可愛い年下の幼馴染に他ならなかったのだけれど。
「今度新しく開発されるMSがあったろう?」
「フラッグのことかい?」
「そう、フラッグ。それのテストパイロットに選ばれるかもしれないんだ」
 昼時を過ぎたカフェテラスは人影もまばらで、ひなたぼっこをしながらコーヒーを片手にレポートを読むのが、ついこの前までビリーの日課だった。
 しかしいつの間にか、ビリーの正面にはグラハムがいることが当然となり、ビリーの憩いのひとときはグラハムとの会話の時間となっていた。
 二人きりの場ではかつてのような砕けた物言いとなるグラハムとの他愛ないお喋りを、苦に思ったことはない。
 なぜならグラハムはビリーといるときはいつだって嬉しそうにしていたし、そんなグラハムを見ることがビリーも好きだったからだ。昔から、そうだった。
「すごいじゃないか、大抜擢だ」
「……そうでもないさ」
 手放しで褒めてやると、グラハムはコーヒーを口に含んで苦そうに笑う。
コーヒーが口に合わなかったのか、それともなにか考えがあってのことなのか。
 あまり見ないグラハムの表情にビリーは内心で首を傾げたけれど、碧の瞳は真っ直ぐにビリーを捉え、次の話題へと導こうとしていた。
「フラッグの開発には、ビリーも携わっているのだろう?」
「まあ、そうだね。今のところは基礎理論に口を出すくらいだけど」
 ブラックのコーヒーを口元に運ぶ。もう生ぬるくなっているけれど、味は決して悪くはない。そういえばグラハムは昔、ビリーの真似をしてはコーヒーだの酒だのをこっそり飲んで、人知れず渋い顔をしていたことを思い出す。
 ああやはり彼は、あのころから全く変わっていないのだ。
「開発が進めば、全体的なカスタムも任されるだろうね。おそらく、ではあるけど」
 かつてのグラハムは、ビリーの一挙一動を興味と好奇心に溢れた目で見ていた。
 今もまた変わらない懐かしいそれ、愛しいそれにビリーの表情も自然と甘くなる。こうして顔を合わせてゆっくりした時間を取れるなんて何年ぶりだろう。
 考えてみてみれば、ビリーが軍に来るもっと前、大学に入ったころからしてまともに話す時間は数えるほどしかなかったのだ。
 変わってしまった環境の中で変わらないものを愛でることは、どうしてこんなに楽しいのだろう。
「――だから、フラッグを選んだんだ」
「え?」
 呟いて、コーヒーをもう一口。
「選ばれたわけではない。私がフラッグを選んだ。それだけのことだよ」
 グラハムの瞳はビリーにはわからない遠くを見つめているようで、ビリーはわずかに眉を寄せた。
 言葉の意味はわかる。けれど、その意図がわからない。
 ビリーの様子に気付いたらしいグラハムは一瞬だけ驚いたような顔して、次にはどこかばつの悪そうな表情になって、思いついたように残ったコーヒーを一気に呷って笑ってみせた。
「時間だ。ではまた」
 そそくさと去っていくグラハムの背中を、ビリーは半ば呆然として見送ることしかできなかった。