その気持ちを名づけるならば




 女の匂いをさせて朝帰りすることの意味など、この歳にもなれば云うまでもないものだろう。
 しかしそれに気づいているにもかかわらず口を堅く閉ざしてビリーを睨みつけるのみのグラハムに、どうしたものかとビリーは密かに眉を寄せた。
 怒りたいならば怒ればいいと思う。こちらは言い訳する気など毛頭ないのだから。
「お前は私のものだ」
 遠回しな物言いに、ビリーは内心で溜息をつく。自分の気持ちに正直すぎるのは大概スマートではないが、あからさまな嫉妬を示しながら口では責めようとしないのもどうだろうか。
「そうだね」
 気のない返事をするとグラハムはにわかに気色ばむ。カチンときたのだろう、怒りの兆しが見えた。
 悪くない。ビリーはゆるりと口の端を上げる。
「わかっていないのは君の方だよ」
「なんだと?」
 返される反応は予想通り。これでいい。喉まで出かかった台詞を飲み込むくらいなら、いっそ全て吐き出してしまえばいいのだ。
「僕は君の、僕に向かう感情全てが愛おしい。喜びも、幸せも、苦しみも――嫉妬さえも」
「……お前は、」
 グラハムは自分ばかりがビリーを想っていると考えているらしいが、決してそんなことはないのだ。
 口に態度に表さないことが、想いの存在を否定することにはならない。
「そうだね僕は狂っているのかもしれない。けれど、君でなければきっと僕はこんな風ではなかったろうね」
 強い想いはいつしか狂気にさえ変わる。
 グラハムは知らないだろう。ビリーが常に、どれほどの狂気を抱いているかということを。
「君が僕を狂わせたんだ。……僕を、軽蔑するかい?」
 伝えることのなかった言葉をぶちまけると、しかしグラハムが驚きを示したのは一瞬だけで、それもわずかに目を見開くのみのものだった。
「いいや、光栄だよ」
 そうして彼は笑うのだ。ビリーと同じ光を持って。