愛のカタマリ 【後】
<ビリー31歳説前提>
ビリーが軍属になってから数年が経つが、あれからグラハムには一度として会っていない。軍の研究所にはほぼ住み込みの状態であったし、翌々年には実家から遠く離れた軍本部の研究施設に移ってしまったからなおさらだった。
その日ビリーは、本部から出たすぐ先にある小洒落たカフェテラスでランチをとっていた。外で食事をするには心持ち涼しい季節ではあるが、今日は日差しも強いし風もないのでちょうど良い頃合だ。 サンドウィッチを片手に端末を開いて今日のニュースなどを読み進めながら、ふいに思い出したのは幼馴染の少年の顔だった。 木漏れ日が金の粉のように見えたからかもしれない。あの子は、描かれた天使のような美しい金の髪を持っていた。愛しくも懐かしい顔に、ビリーの表情も自然と緩む。 グラハムは本当に頭の良い子だから、きっとカレッジも優秀な成績で卒業したに違いない。就職するにあたっても、企業など選り取り見取りだろう。いや、行動力のある子だったから、もしかしたら在学中に自分で会社を設立していてもおかしくはない。 幼馴染の少年の順風満帆な将来を思い描いて、ビリーは溜息をついた。 どことなくセンチメンタルな気持ちになってしまうのは、今がまさにグラハムと別れた季節だからだろうか。この時期の、こんな天気の良い日になると、どうしてもグラハムを思してしまうのだ。 懐かしい笑顔を。そして、ビリーが離別を伝えた日の愕然とした幼い表情を。 「隣、いいですか?」 「ええ。構いませんよ」 ふいにかけられた言葉に、ビリーは反射的に笑顔で返した。その、つもりだった。 しかし、声に出したはずの言葉が、最後まで音になったかビリーにはわからなかった。 ――眩い金の髪、熱意に溢れてきらきらと煌く碧の瞳。 ビリーの記憶に強く残る屈託のない笑顔ではなく、男らしくなった顔つきで口の端を上げて彼はビリーを見下ろしていた。 「……グラ、ハム?」 「お初にお目にかかります、ドクターカタギリ」 「どうして君が、こんなところに」 その答えは問わずともわかった。グラハムがその身に纏うのは、空の色をした軍服。根っからの研究職であるビリーには縁のないものだが、ビリーが身を置くこの軍の、軍人たちの纏うものだ。 「来期より本部のMS隊に配属の命を受けました、グラハム・エーカー少尉であります」 急に生真面目な顔になって、テキストどおりの敬礼をして。 そんなことが、あるのだろうか。 確かに、今度着任する若者たちの中にその名はあった。しかし、グラハム・エーカーの名はさほど珍しいものではなく、思うほど長くはないビリーの軍生活の中でも、軍関係者で二人は同じ名を見ていたのだ。ゆえに、今回もそうなのだろうとビリーは本人の映像すら確認はしていなかった。 ビリーのいる部署の関係から、その名の軍人に限らず、新たな若者たちのMSの動きとその能力は把握していたが、そういえばかつての幼馴染と同じ名をした軍人の動きは、ビリーの仲間内でもかなり高い評価を得ていたのだった。 その名は、確かに知っていた。その実力も。――まさか当の本人だとは夢にも思わなかったけれど。 「まったく軍というのは面倒なところだな。もっと早く逢いに来るつもりが、こんなに時間がかかってしまった」 先ほどとは打って変わった砕けた物言いで、グラハムはビリーの隣の椅子を引いた。 どかりと行儀悪く、けれどどうしてか優雅にも見える仕草で浅く腰掛けると、椅子の背にもたれるようにして空を仰ぐ。 「そうじゃない、どうして!」 動揺してしまったせいか、思わず詰め寄ろうとするビリーにグラハムは一瞬眉を顰める。しかし身を乗り出すようにしてグラハムの顔を覗きこむビリーに、ゆっくりと笑ってみせた。 「お前を軍から攫うことができないなら、私が軍に来るより他ないだろう?」 碧の瞳のもつ光の強さは相変わらずだったが、グラハムのその笑顔はビリーの知らないなにかを含んでいるように思えた。 見慣れていた無垢なそれではなく、一人の男としての微笑に、ビリーは確かに目を奪われたのだった。 |